岸本水府 きしもと すいふ

 


岸本水府


電柱は都へつづくなつかしさ
人間のまん中辺に帯を締め
ぬぎすててうちが一番よいといふ
道頓堀の雨に別れて以来なり
今にしておもえば母の手内職

1892-1965
本名:岸本龍郎(たつお)
別号:三可洞、寸松亭、ほか
著述:『川柳手引』
   『川柳の作り方問答』
   『川柳文学雑稿』
   『岸本水府川柳集』
   『川柳の書』
   『川柳読本』
   『人間手帖』
   『母百句』ほか

明治42年より川柳界に入る。
大正2年1月、西田当百を代表に関西川柳社から「番傘」創刊。大正6年より当百に代わり代表。
昭和5年、<本格川柳>を宣言。きわめて常識的な、大衆によくわかる句を作り、作家として成功、また、「番傘」を全国に広め、最大の結社にするなど川柳事業家としても大成功を収めた。

 

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