前田雀郎 まえだ じゃくろう

 


前田雀郎


とかくして正月来たり三日経ち
もの食べて黙つてをれば有難や
音もなく花火のあがるよその町
一生を一間足りない家に住み
子の手紙前田雀郎様とあり

1897-1960
本名:前田源一郎
別号:榴花洞、俳諧亭
著述:
  『川柳と俳諧』(昭11)
  『榴花洞日録』(昭12)
  『川柳探究』 (昭33)

大正3年、宇陽柳風会で狂句を学ぶ。大正7年4月、阪井久良伎の門を叩く。以後古句研究者、作家として、同10年代には第一線に立つ。大正13年、都川柳会を設立、「みやこ」創刊。都調と呼ばれる作風で一派をなした。昭和11年「せんりう」創刊、同14年には丹若会を創設して好作家、川柳研究者を育てる。
川柳の原点を俳諧に求めた最初の指導者。

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